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南紀白浜親不孝通り / 清水武志 - 2009-12-27 05:27:12

『岩出市 つくし医療・福祉センター』でのコンサートを終えて同センターで仕事してたウチの人と合流、その後夕方からウチの人の大阪の職場の忘年会が南紀白浜で有ると言うのでツーリングがてら送って行く事に。
で、どうせなら“あの男”も誘おうって訳でエサを撒いておいたらまんまと掛かってくれました。
そんな訳で我が家@2CVチャールストンとパテ@ルノ−4の短い短いツーリングが始まるのでした。
和歌山から南紀白浜まで(約100Km)は今では高速道路が田辺まで開通してるので1時間程で行けてしまうのです。
20時前にウチの人の職場の皆さんが宴会されてる高級ホテルに到着。ここでウチの人は宿泊、僕とパテさんは帰るのですが、只帰るでは勿体ないので折角だから白浜の温泉を堪能しようと思ってこのホテルのドアマンの方に「僕らは送ってきただけでもう帰るのですがこちらでは外湯の様なお風呂だけ入る事は出来るのでしょうか?」と尋ねると「それは出来ません、ですが折角お連れ様を送ってこちらに来られたのですからどうぞお風呂に入って行ってください」とドアマンの気転とは思えない言葉を笑顔で仰ってくださりこのホテルの皆さんのご好意と笑顔の御陰でお風呂を何と無料で楽しむ事が出来たのです。(有り難うございました)
お風呂から出てウチの人の宴会が終わるのを待つ間お風呂御馳走に成った御礼にこのホテルに少しでもお金落とそうと地下のゲームセンターに行った所、あんなゲーム達がまだ健在だったなんて驚き!!
そこはまるで昭和の楽園でした。
でロビーでほろ酔い気分のウチの人や職場クリニックの皆さんとご挨拶して僕とパテさんはやっと二人っきり(さっきまで裸で一緒に風呂入っとったやないか)いや二台で帰路のツーリングに出るのでした。
最初は白浜でラーメンでもって感じだったのですが白浜に有るジャズ喫茶の様なライブ出来る店探して一本内陸の道に入るとそこはまるでスキー場のペンション街の様な訳ありのママが存在するスナックが沢山有る呑み屋街でとっても素敵な通りでいつしか僕たちの中で『親不孝通り』と名付けられたのでした。
でも結局この界隈ではジャズ喫茶もラーメンも行かず途中の御坊市のええ感じの食堂『日高川』に行く事に焦点を絞り高速は使わず海岸線の道(R42)を無線で喋りながらのんびり帰って来たのです。
途中、田辺駅前のこれまた親不孝通りも偵察、旅情溢れた所で旅は続きます。
『日高川』夕食が深夜零時頃、そこからまた地道で和歌山まで帰りました。
和歌山でパテと別れ僕は深夜割引の高速で大阪に向かって走り帰宅は深夜3時。
夕方から夜中までの短い旅でしたが昔NHKの『テレビファソラシド』って番組で司会の永六輔さんがおっしゃってた「横町の角を曲がればそれはもう旅である」って言葉思い出したせいか今でも妙に余韻に浸ってる楽しい旅と成ったのです。
<写真>
ホテル地下のゲーセンに有った昭和な玩具にはまるパテ氏。
で、どうせなら“あの男”も誘おうって訳でエサを撒いておいたらまんまと掛かってくれました。
そんな訳で我が家@2CVチャールストンとパテ@ルノ−4の短い短いツーリングが始まるのでした。
和歌山から南紀白浜まで(約100Km)は今では高速道路が田辺まで開通してるので1時間程で行けてしまうのです。
20時前にウチの人の職場の皆さんが宴会されてる高級ホテルに到着。ここでウチの人は宿泊、僕とパテさんは帰るのですが、只帰るでは勿体ないので折角だから白浜の温泉を堪能しようと思ってこのホテルのドアマンの方に「僕らは送ってきただけでもう帰るのですがこちらでは外湯の様なお風呂だけ入る事は出来るのでしょうか?」と尋ねると「それは出来ません、ですが折角お連れ様を送ってこちらに来られたのですからどうぞお風呂に入って行ってください」とドアマンの気転とは思えない言葉を笑顔で仰ってくださりこのホテルの皆さんのご好意と笑顔の御陰でお風呂を何と無料で楽しむ事が出来たのです。(有り難うございました)
お風呂から出てウチの人の宴会が終わるのを待つ間お風呂御馳走に成った御礼にこのホテルに少しでもお金落とそうと地下のゲームセンターに行った所、あんなゲーム達がまだ健在だったなんて驚き!!
そこはまるで昭和の楽園でした。
でロビーでほろ酔い気分のウチの人や職場クリニックの皆さんとご挨拶して僕とパテさんはやっと二人っきり(さっきまで裸で一緒に風呂入っとったやないか)いや二台で帰路のツーリングに出るのでした。
最初は白浜でラーメンでもって感じだったのですが白浜に有るジャズ喫茶の様なライブ出来る店探して一本内陸の道に入るとそこはまるでスキー場のペンション街の様な訳ありのママが存在するスナックが沢山有る呑み屋街でとっても素敵な通りでいつしか僕たちの中で『親不孝通り』と名付けられたのでした。
でも結局この界隈ではジャズ喫茶もラーメンも行かず途中の御坊市のええ感じの食堂『日高川』に行く事に焦点を絞り高速は使わず海岸線の道(R42)を無線で喋りながらのんびり帰って来たのです。
途中、田辺駅前のこれまた親不孝通りも偵察、旅情溢れた所で旅は続きます。
『日高川』夕食が深夜零時頃、そこからまた地道で和歌山まで帰りました。
和歌山でパテと別れ僕は深夜割引の高速で大阪に向かって走り帰宅は深夜3時。
夕方から夜中までの短い旅でしたが昔NHKの『テレビファソラシド』って番組で司会の永六輔さんがおっしゃってた「横町の角を曲がればそれはもう旅である」って言葉思い出したせいか今でも妙に余韻に浸ってる楽しい旅と成ったのです。
<写真>
ホテル地下のゲーセンに有った昭和な玩具にはまるパテ氏。
- コメント -
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パテ - 「ハマりました。
一回30円 ての泣かせる。
二人で入った温泉も最高!ありがとうござりんした。追伸・・ まわりはカップルだらけでしたな。僕らはどんなに映っていたのやら・・」-2009-12-29 05:47:55
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し - 「パテ>そら“のどき”のおっさんに見えたに違いない。イルミネーションで“ええ感じに”成ったアベック“のどく”のよ。」-2009-12-29 16:07:01
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パテ - 「ああ〜( ̄▽ ̄;)」-2009-12-29 18:47:20










