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紀伊半島 旅後記2 / 清水武志 - 2012-01-12 02:10:50
 
8日二日目はいよいよ熊野目指します。

朝8時半潮岬出発、太地町に有る友人のポンカン畑にお土産にするポンカンをわけてもらいに行きました。『太地町』は日本有数の捕鯨の町でこの日は前日に反捕鯨団体の特に過激とされる方々が町に入られたみたいでパトカーうろつくピリピリとした厳戒態勢の中ポンカンやら伊勢エビやらサザエやらをゲットするのでした。

太地町から勝浦を経て新宮市に入った辺りでしょうか、前出のJAZZ LIFE誌の事思い出して皆が食料やら買い出しに行くのを良い事に本屋でゲットするのでした。

勿論、お昼ご飯もゲット、海の見える奇麗な所で皆してお昼をいただくのでした。(前出の)

お昼食べて間もなくこの日の目的地熊野本宮のクアハウスに向けて出発しました。新宮から程なくしてトンネルを一つくぐるとそこには美しい熊野(川)の景色が広がり始めます。

しかし、今年はちょっと違ってて、程なくして曲がったガードレールや至る所で崖崩れの跡や土石流の跡を見る事に成るのです。

走ってると地元友人U氏から無線で“目の前に見える橋(かなり高さが有る)が水没、隣接する役場の三階まで水が来た”事知らされました。橋の下通る時橋にはまだゴミが引っかかり通行止めで有る事が確認出来ました。

災害の爪痕はその後も続き、何年か前の5月に作家でカヌーイストの野田知佑さん達と待ち合わせた立派な道の駅はすっかり流されて僅かにトイレの壁が残るのみ。野田さんが取材された隣接する建物も土台から流されて何も残っていません。ここでは、熊野川の船頭さんが亡くなったそうです。

道沿いの家々、支流上流の集落など沢山の家が流されて多くの犠牲者や行方不明者が出た所を通ってると道の横に大きな石がゴロゴロした所が有りました。今は動きは落ち着いてますが間違いなくこれが土石流の跡なのだと思うと恐いと同時に自然の前でいかに人間が無力なのかを改めて思い知らされるのでした。

とはいえ、道は一部片側通行残ってますがすっかり復旧してもう危険では有りません。あとは観光客やらお参りする人がどんどん訪れる事が一番の復興支援に成る様な気もするのです。

3時頃『川湯温泉』の『仙人風呂』に入りました。河原に作られたこの露天風呂も土砂で埋まったとは聞いたのですが完全復旧されてました。『仙人風呂』は混浴で無料、近くに用意された更衣室で水着に着替えて入ります。スッポンポン(裸)は厳禁なのです。

この後、予約してあったバンガローにチェックインしてここでも温泉楽しんで夜は盛大に宴会が行われたのでした。

けど、皆歳なのか旅の疲れから早よ寝よった。(僕もやけど)
で、改めて寝たら地震来よった!!(大きく感じた)
東南海地震来やがった思った。

そんなこんなで、この日も天気が良くって最高のツーリング日和で気持ちよかったのですが、決して“楽しい”だけでは終わらない様々な景色や出来事を目の当たりにして色々考える旅に成ったのでした。


明日はクライマックス『熊野詣で』。


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